2008年2月3日日曜日

芥川漢字演習帳第4回

 【手巾】

 ●風馬牛の間柄(フウバギュウのあいだがら)

 「先生は、由来、芸術――殊に演劇とは、風馬牛の間柄である。」

 →互いに遠く離れていること。何の関係もないことのたとえ。《『風』は、獣のさかりがつくこと。(交尾期の牛や馬は相手を求めて遠くへ行くが、それもできないほどその土地が遠く隔たっていることから)》(成語林)、「風する馬牛も相及ばす」とも言うようです。出典は春秋左氏伝の「僖公四年」。原文はつまり、「演劇には全くの門外漢だ」ということですね。味わい深い表現ですなあ。

 ●簡勁(カンケイ)

 「――だから、先生はストリントベルクが、簡勁な筆で論評を加えて居る各種の演出法に対しても、先生自身の意見と云うものは、…」

 →言葉や文章が簡潔で力強いこと。「勁」は1級配当で、「つよ・い」と訓みます。「疾風勁草」(シップウケイソウ)で有名ですね。音符「ケイ」は「痙」「逕」「脛」「頸」「剄」「徑」とあります。

 ●《寄木》(モザイク)

 「何かの拍子で、朝鮮団扇が、先生の手をすべって、ぱたりと寄木の床の上に落ちた。」

 →寄木と書いてモザイクと読ませる宛字ですね。螺鈿のモザイクはお洒落かも。


 【母】

 ●没交渉(ボツコウショウ)

 「――男はそれらを見守りながら、現在の気もちとは没交渉に、一瞬間妻の美しさを感じた」

 →無関係。「ボッコウショウ」とも読みます。SEXのなくなった冷えた夫婦関係を表した言葉かもしれません。

 ●汪然(オウゼン)

 「――張り切った母の乳房の下から、汪然と湧いて来る得意の情は、どうする事も出来なかったのである。」

 →水が盛んに流れるさま。「汪」は1級配当で、「水が広がるさま」。「汪溢」=「横溢」や、「汪汪」などの熟語もあります。

 ●《水脈》(みお)

 「赤濁りに濁った長江の水に、眩い水脈を引いたなり、西か東へ去ったのであろう。」

 →熟字訓。川や海で舟が航行する道筋。水尾。水路。澪標(みおつくし)の澪(みお)。ちなみに「眩い」は「まばゆ・い」。


 【羅生門】

 ●《汗袗》(かざみ)

 「下人は、頸をちじめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。」

 →汗取りの単衣。熟字訓。「袗」(シン)は1級配当。目の細かい単衣のことです。もっとも、「かざみ」と言えば、漢字検定では《汗衫》(音読みは「カンサン」)の方が一般的かもしれません。「衫」(サン、セン)は1級配当で、こまごました下着のこと。ポルトガルから入ったもんぺみたいな「軽衫」(カルサン)もあります。

 ●眶(まぶた)

 「両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼玉が眶の外へ出そうになるほど、見開いて、啞のように執拗く黙っている。」

 →一般的には目蓋と書きます。あるいは「瞼」(1級配当)。眶は配当外で、「まぶち」とも訓むようです。目の上だけでなく外枠すべてを指します。ちなみに「執拗く」は宛字訓みで「しゅうね・く」。「啞」は「おし」。

 ●《疫病》(えやみ)

 「疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。」

 →宛字で、流行性の悪病。おこり。「えやみ」と言えば、「癘」「瘟」が1級配当ですが、少し艱しいか。「おこり」は、「疥」「瘧」とも書きます。


 【藪の中】

 ●賓頭盧(ビンズル)

 「昨年の秋鳥部寺の賓頭盧の後の山に、物詣でに来たらしい女房が一人、女の童と一しょに殺されていたのは、こいつの仕業だとか申し立て居りました。」

 →「釈迦仏の弟子。弟子中でも獅子吼(ししく)第一と称される。また十六羅漢の一人。漢訳では、賓度羅・跋羅闍、賓頭盧・突羅闍(とらじゃ)、賓頭盧・頗羅堕(はらだ)などとも音写し、名がピンドラ、姓をパラダージャである。名前の意味は、不動、利根という。パラダージャはバラモン十八姓の中の一つである。略称して賓頭盧(びんづる)尊者と呼ばれる」(ウィキ)。「撫で仏」とも言うようです。

 ●《小刀》(さすが)  

 「いつのまにか懐から出していたか、きらりと小刀を引き抜きました。」

 →熟字訓。さしがたな。刺刀。簡単な漢字ですが簡単には読めませんな。ちなみに、「さすが」と言えば、「流石」(漱石枕流から由来)、「遉」などがあり、結構試験には出ます。

 ●嗔恚(シンイ)

 「おれは中有に迷っていても、妻の返事を思い出すごとに、嗔恚に燃えなかったためしはない。」

 →激しい怒り。ともに1級配当。「嗔」は「瞋」とも書き、これも1級配当。口偏と目偏の違いです。一般的には「瞋恚」でしょう。いかりは「嗔り」「馮り」「愾り」「慍り」「悁り」「怫り」「忿り」「噁り」「嚇り」「瞋り」「恚り」「碇」。最後はギャグです。読めて書けるようにしましょう。

 ●杪(うら)

 「ただ杉や竹の杪に、寂しい日影が漂っている。」

 →「すえ」とも読みます。こずえ、木の先っぽのことです。1級配当。音読みは「ビョウ」。熟語に「杪春」(ビョウシュン)があります。この場合は「末」という意味で、遅い春、則ち3月弥生のことです。

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